料金・制作の流れ

企業理念

「情報」。この言葉をよく見ると、
そこに「情」があることに、あらためて気づきます。
とすれば「情報」とは、文字や数字のみならず
“心の動きを報せる”という
本来とは別の意味が浮かびあがってきます。

これまで情報処理の印刷物をつくってきた
高山活版社が、
「活版」という、古くて新しい機械を通じて、
情緒を感じさせるものづくりをしていくことと、
どこか似ている気がします。

またその「情緒」という言葉もよく見ると、
そこに「緒(いとぐち)」があることに、
あらためて気づきます。
と、すれば「情緒」とは、
さまざまな心の動きのみならず
“情を感じる物事のはじまりや手がかり”という
また本来とは異なる意味が浮かびあがってくるのです。

高山活版社が新しくものづくりをしていくうえで、
先代からめんめんと続く古い歴史をひもとき、
手がかりを見つけていくということと、
どこか似ている気がします。

ひとつひとつの言葉を見つめ直すことで、
見えてくること。
情報も情緒も、古きも新しきも。
すべては表裏一体であること。

これからは、想いや心を報せるための
道具をつくっていく。
生まれ育ったここ大分の地で、人と向き合い、
印刷という、文明から文化への火を灯し続けてゆく。

高山活版社について

私たちは、1910年大分の地で創業して以来、
情報伝達のための印刷物をつくってきました。
その多くが、速く大量に伝えるための手段として。

時代は移り変わり、その役目を終えようとしている今、
あらためて問いたい、なぜ印刷するのかについて。

情を報せる。
情の緒をたぐる。

日々の仕事や生活に向き合い、そもそもを考えること。
そして、想いや心を報せるための
道具をつくり続けること。
それが私たちの使命です。

印刷という文化の火を灯し続けてゆくことを信じて、
あなたと、一緒に考えていきたいです。

会社概要・アクセス

株式会社 高山活版社

所在地
〒870-0943 大分県大分市片島尻込301-1
資本金
1,000万円
代表
高山英一郎(代表取締役社長)
Tel/Fax
097-568-8227 / 097-568-4671
Email
info@takayama-printinghouse.jp

創業時は大分市中心部の碩田橋通りにあった高山活版社ですが、1979年に現在の大分市片島へ移転しました。公共交通機関でのアクセスがいいとは言い難いですが、大分川の河川敷そばのとても気持ちのよい場所です。よい季節であれば大分駅から自転車でお越しになってはいかがでしょうか?

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年表

1910
高山活版社の創業
1932
文芸誌「あづさ」の創刊
1941
太平洋戦争の開戦
1945
終戦、社屋以外を失う
1947
会社再開
1957
高山通男が大分県印刷工業組合初代理事長に就任
1965
高山虔三が大分県印刷工業組合4代目理事長に就任
1975
オフセット単色印刷機を導入
1979
社屋を移転、大分市片島へ
1991
オフセット2色印刷機の導入
1999
オンデマンド印刷機の導入
2001
第1回オープンハウスの開催
2014
活版印刷の復活、高山活版室の開設
2015
TAKAYAMA LETTERPRESSの誕生
2019
トークイベント「Playful」の開催
2020
企業理念「情を報せる 情の緒をたぐる」の誕生
2021
NOT A NOTEの誕生
2022
「暮らしといんさつ展」の開催
2023
「オープンハウス2023」の開催
  • 高山活版社の創業

    初代の高山英明(えいめい)が「八風堂」という印刷会社を買い取って、大分市碩田橋通り(現在の都町)に開業。当時は設備が一貫して整った印刷会社が市内には少なく、約50名の社員で最新式の活版印刷機8台を使って官公庁や議会の印刷物の他、数社の新聞社の号外の印刷を一手に請負っていました。

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  • 文芸誌「あづさ」

    昭和7年(1932年)に2代目の高山虔三(けんぞう)が編集人となり、高山活版社より創刊された文芸誌。創刊号には「九州の郷土玩具」「大友宗麟の印章と華押」「日本に於ける耶蘇会員の学制について」などが活字活版で刷られています。また裏表紙には高山活版社の写真入りの広告が日本語と英語の表記で載せられており、当時どんな印刷物を制作していたかを知ることができます。

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  • 終戦、社屋以外を失う

    第二次世界大戦へと突入していった昭和20年(1945年)に大分市はアメリカ軍による空襲を受け、市内中心部は壊滅的な被害を受けて焼け野原となりました。空襲による延焼を防ぐために大分駅の方から順に碩田橋通りに面した建物が順に取り壊されていくなか、社屋の取り壊しの前日に終戦を迎えることとなり、奇跡的に難を逃れました。

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  • 会社再開

    終戦を迎え奇跡的に社屋は難を逃れたものの、強制疎開させていた紙や機械類はすべて焼けてしまい、いよいよ会社消滅の危機に陥りました。この時に会社再開に向けて先頭に立ったのが、2代目通男の妻である鈴江です。当時紙は配給制で大変な貴重品であったこともあり、想像を絶する苦難のなか鈴江は「会社を次の代に渡さなければ」という強い想いで奔走し、2年かかって空っぽだった社屋に人や機械が戻ってきました。写真は、社屋1階の事務室に座る3代目高山虔三。

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  • 社屋を移転、大分市片島へ

    社屋の老朽化のため現在の場所である大分市片島へ移転。このタイミングで古参の営業部社員が引退し、泰四郎・龍五郎兄弟で営業部門を担当する新体制に移行しました。さらに甲斐正三が入社してからはこれまで活版印刷機で制作していた封筒やハガキ、カードといった製品を、オフセット印刷機で制作するようになりました。

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  • 第1回オープンハウス

    20世紀終盤になると各事業所でのデジタル機器の導入が一段と進み簡単な印刷物は事業所内で内製化されるようになり、印刷会社へ発注されるのは複写伝票やナンバー入りの印刷物など特殊なものに限られるようになるなか、当時としては最新のデジタル印刷機を導入。そのお披露目会として同業者やお客様向けに初めてとなるオープンハウスを開催しました。

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  • 活版印刷の復活、高山活版室の開設

    5代目龍五郎が活版印刷機プラテンや活字を買い戻し社内に展示していたところ、 「活版印刷ができるか」という問い合わせが少しずつ増加してきていたこともあり、甲斐が活版印刷技術を習得。さらに社屋の2階に活版印刷の見学や体験ができるスペースを新たに設置し、 これらがきっかけでデザイナーやクリエイターの見学者が増えていきました。

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  • Playful

    高山活版社としては初めての挑戦となったトークイベント「Playful」。2019年にJAGDA新人賞を受賞したグラフィックデザイナーの小林一毅さんと、福岡市で印刷業を営む文林堂の山田善之さんをゲストに大分県立美術館OPAMにて開催し、「子供が遊びや好きなことに夢中になるように、ワクワクするような印刷物を一緒に作り出したい!」をテーマにしたトークが繰り広げられました。

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  • 暮らしといんさつ展

    大分県に縁あるさまざまな分野のクリエイターたちと、紙と印刷による表現の可能性を探るために大分県立芸術文化短期大学と共催した展示会。大分市中心部にあるwazawazaビルにて、活版印刷やオフセット印刷を活用して制作した作品の展示に加え、活版印刷を体験できるワークショップや印刷の相談会、作品制作にまつわるトークイベントや交流パーティを開催しました。

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  • オープンハウス2023

    印刷が人の営みにどのように寄り添っているかを伝え、デジタル全盛の時代にどのような印刷物が残っていくかを考えることを目的に、高山活版社としては2回目となる「オープンハウス2023」を開催しました。このイベントに向けて開設した展示室では100年を超える歴史の中で制作した印刷物の展示や文具の販売のほか、工場ではデザイナー・クリエイター向けの印刷実践ワークショップや工場見学ツアーなど見て・触れて・考える機会を設け、当日は社員全員でお客さまをお迎えしました。

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